12月1日(木)社員として働く・広告代理店時代・・・(つづき)

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いくらクライアントサイドにたって業務を委嘱されているとはいえ、銀座の第一号店が社内的に承認されなかった本当の理由はぼくには知る由もないことであった。この頃からSZの苦しみははじまったといっていい。彼は時の経過とともに情緒不安定になっていき、躁と鬱の間を行ったり来たりし出した。ぼくと一緒のときは機嫌良く闊達で、一人でいる時は沈み込んでいることが多かった。それでも業務に差し障りが出るということもなく、銀座戦争がダメになったとはいえ次の手について想を練ったりしていた。もともと物事を深刻に考える傾向があり、そうかといって深刻に考えている割には楽観的なところもあって社内の人たちは怖いものには近づかないといった風でSZの周りには心を許せる人がだんだんいなくなった。その人たちとの接点はぼくが代わりにとるとことが多く、そんなこんなでY常務の目に留まっていったのかも知れない。後にY常務からトレードの話がきたのであったが、あるいはそれはSZが裏で画策していたふしもある。そう思うのはぼくの独り合点ではなく、そうなればSZにしてみれば一番やりやすくなるわけだからである。しかしそれはもっと後のことでとにかく事業を前へ押し進めなければならない。ハンバーガー銀座大戦争にかわる第一号店のロケーションとして蝶理、明治製菓を動かして水面下でいろいろなアプローチが展開された。その動きに一番熱心に反応して来たのが大丸百貨店であった。大丸百貨店は大阪の心斎橋の本店で場所を提供しようという。成功すれば神戸の大丸百貨店も同調するという。断る理由はなかった。A&Wの日本上陸第一号店はいろいろな検討の末、大丸百貨店の大阪本店からスタートすることになったのであった。(つづく)
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